吉本興業のピン芸人、ピストジャムです。僕は、20歳のころにシモキタに越して来ました。カレー好きの僕にとっては、この街は天国です。
この特集では、僕が全責任を持って推薦する、美味しいカレーが食べられる店を紹介していきたいと思います。
File.1~NAWOD CURRY(ナヲダカリー)の辛くない創作スリランカカレーは今年No.1の発見
「黄金出汁の鯖カリー」と「豚と海老のパイナップルカリー(カレーフェス限定)」「じゃがいもと3種のきのこのココナッツミルクカリー(週替わり)」の3種盛(1,600円)
駅前の、三菱UFJ銀行のATMにお金を下ろしに行った。ここのATMは、月に何度か利用している。
さっきより、ほんのわずかだけふくらんだ長財布をズボンの後ろポケットにねじ込んで、ATMの脇に停めた自転車のもとへ向かう。すると、見たことのない銀色の立て看板が目に入った。
さっきもここを通ったはずなのに、気がつかなかった。近づくと、赤いペンキで『NAWOD CURRY』と手書きで書かれていた。
ずいぶん簡易的な看板だ。板一枚。それも、飲み屋の看板に立てかけているだけ。裏面には何も書いていなかった。
さっき気づかなかったのは、それが原因だ。駅側に向けて看板を立てるのは当然だが、これじゃあ反対側から来た人には分からない。
看板を眺めながら、はてこの店はいつからあるんだ、と考える。先週ここを通ったときにはなかった。つい最近オープンしたばかりなんだろうか。
営業時間は11時から16時半まで。ラストオーダーは16時と書かれていた。
まだ間に合う。ただ、店がどこにあるのか分からない。看板の横に階段があるので、これをのぼって行けばいいんだろうと察しはつくが、何階なのか分からない。
もう一度看板を見たが、店名と営業時間以外は何も書かれていない。路面店じゃないなら、普通は「2F」とか「3F」とか書くだろう。
そう思うと、「NAWOD」という言葉まで気になってきた。聞いたことのない言葉。読み方も、意味も分からない。
でも、この感じ嫌いじゃない。ちょっとわくわくする。
24年前、越してきて最初に驚いたのは、シモキタは昼の顔と夜の顔が全然違うことだった。陽が落ちると、シモキタは古着の街からバーの街へと変貌した。
ひとり街を歩きながら、僕のような者でも飲める店はないだろうかと物色した。しかし、どの店も小さな看板がビルの下や入り口にちょこっと出ているだけで、中の雰囲気は分からなかった。
気になる店はいくつかあったが、僕にできることは、聞き耳を立てて、何度も店の前を行ったり来たりするくらいだった。でも、そんなことをしていても何も始まらない。そう腹をくくって、勇気を振りしぼり、思いきって飛び込んでいった。
そのときの感覚を思い出した。昼間に、しかもカレー屋で、この感じを味わうのは初めてだったが、この「分からない」感じがとてもシモキタらしく思えた。
店は、3階だった。扉のガラス越しに、カウンターに立つエプロン姿の若い男性が見えた。どんなカレーが食べられるのか楽しみだ。
勢いよく扉を開けて入ると、さっきは目にしなかったもうひとりの男性店員が現れた。
「すいません、今日もう売り切れちゃいました」
驚いた。すでに人気店だった。
「ごめんなさい、またお願いします。階段のぼってきてもらったのに本当にすいません」
対応もすばらしい。まったく嫌な気持ちにならなかった。むしろ即座に、次こそは絶対に食べたいと思った。
数日後、営業開始の11時に合わせて向かった。今日は売り切れの心配はない。
扉を開けると、中にいた男性店員と女性店員の動きが一瞬止まった。ふたりとも、明らかに気まずそうな表情をしている。
まだ開店準備中だったか。おそらく11時ちょうどに来る客なんて、ふだんいないんだろう。逆に恥ずかしいことをしてしまった。
扉に手をかけたまま固まっていると、先日僕に売り切れを伝えてきた男性店員が、こう言った。
「すいません、いまコックがイベントにケータリングを出しに行ってて、オープンまでに戻ってくる予定だったんですけど、まだ時間かかるみたいで。ちょっと僕たちだけだとカレー出せないんで……」
まさか、こんなパターンで断られるとは思ってもみなかった。奥にいる女性店員も、申し訳なさそうに頭をさげている。
すごすごと帰ろうとすると、続けて、
「前も来てくれましたよね。連続で本当にすいません。またぜひお願いします」
もう僕は、カレーを食べていないのに、この店が好きになった。
その数日後、あらためて『NAWOD CURRY』に向かった。小雨が降っていて、街はふだんより人が少なかった。三度目の正直、という言葉と、二度あることは三度ある、という言葉が、頭の中をかけめぐっていた。
時間は12時。扉を開けると、
「いらっしゃいませ。お好きなところにどうぞ」
夢がかなった。初めて席に着く。
定番メニューの「黄金出汁の鯖カリー」(1,250円)。大ぶりな身のサバが入ったカレーと、カレーを彩り、味の変化も引き出してくれる副菜がワンプレートで提供される
注文した料理は、メニュー表に載っているすべて。カレー三種盛りとデビル砂肝とNAWODチリペースト。いわゆるフルトッピングだ。
NAWOD CURRYは、スリランカカレーをベースにした創作カレーだった。定番のカレーは「黄金出汁の鯖カリー」。その名のとおり、出汁がしっかり効いていて、ひとくち食べただけで、その旨味が十分に伝わる。サバの身も大きく食べごたえがあり、定番メニューだと聞いて納得の味。辛さはほとんどないので、スリランカカレーになじみのない人でも安心して食べられる。
ほかの二種類のカレーは、食材の仕入れ状況によって変わっていくという。この日は「NAWODチキンカリー」と「茸とムルンガのココナッツミルクカリー」。
チキンカリーは、うまみだけでなく、甘みも強く感じられる。鯖カリーに続く、準定番という位置づけらしい。ココナッツミルクカリーに入っているムルンガは、スリランカの野菜。最近現地からいいムルンガが調達できたと言う。こちらも、辛さや強いスパイスの刺激はまったくなく、濃厚でやさしいポタージュに仕上がっている。
副菜は、「パリップ」というレンズ豆をココナッツミルクで煮込んだペースト状のものと、ココナッツオイルの炒めもの「ゴーヤとアスパラガスのテルダーラ」、4種のビネガーで和えた「赤玉ねぎのビネガー和え」が添えられていた。
トッピングで頼んだ「デビル砂肝」はニンニクがきいたチリソースで炒められていて、味変にもってこいの一品。ちなみに、料理名の「デビル」はスリランカでは一般的な呼称で、中華料理に影響を受けたチリソース炒めのことを指している。同じくトッピングの「NAWODチリペースト」は、海老の香りがして、辛いものが苦手でなければ、これも味変アイテムとして必須だ。
一気に完食した。もちろんスリランカカレーの醍醐味である「混ぜて食べる」もしながら、最後まで味の変化も楽しんでいただいた。
帰り際、NAWODという言葉の意味を尋ねると、スリランカ人の友人の名前だと言う。NAWODさんがつくってくれた鯖カリーがあまりにも美味しくて、自分で作ってみたいと始めたのがきっかけらしい。
著者を囲む店主のコーヘーさん(右)と従業員のタツヤさん(左)。タツヤさんはコーヘーさんの味に惚れ込み、ナヲダカリーのスタッフに加わったという
『NAWOD CURRY』は、かつて飯田橋と中目黒で間借りカレーとして営業していたという。シモキタでは、ついに実店舗を構えての営業だ。
今年出会ったカレーのなかで一番だと言い切れる。これから、ますます人気が出ること間違いないだろう。