吉本興業のピン芸人、ピストジャムです。僕は又吉直樹さんが部長を務める「第一芸人文芸部」という、本について語ったり文章を書いたりする部活動をしています。この特集では、愛してやまない下北沢のすてきな書店を紹介していきたいと思います。
File.4~三省堂書店下北沢店
シモキタの人たちから「ピーコックの上の本屋」として長年親しまれている三省堂書店下北沢店。2002年オープンなので、今年で23年目。芸歴でいうと僕と完全に同期なので、個人的に昔から親近感を抱いている。
場所は呼び名のとおり、下北沢駅北口のピーコックの3階。なんと駅から徒歩1分。さらに1階は前述したとおりピーコックで、2階には100円ショップも入っているので、買い物ついでに立ち寄れる書店として地元民から愛されている。
三省堂書店下北沢店の魅力は、好立地だけにとどまらない。特筆すべきポイントは、個性的な店舗で溢れかえるシモキタの街では非常に珍しい、いい意味でプレーンな書店らしい書店であること。具志堅や渡嘉敷などの変わった苗字が多い沖縄で、シンプルな山田という苗字が逆に珍しく感じるような現象がシモキタでも起こっているのだ。
僕はオープン当初から通っているのだが、この書店の安心感はすごい。フロアーの広さはシモキタで一番だし、蔵書量も圧倒的。加えて書籍のジャンルが幅広い。文芸書も純文学、歴史小説、ノンフィクション、海外文学などわかりやすく陳列されているし、絵本からビジネスの専門書まで、なんでも置いてある。クロスワードの雑誌の棚だけで3棚もあるほど。文房具も充実している。
店長の津久井さんがおっしゃるには「いつでもいろんな年代の方が来られる本屋さんを店づくりのモットーにしている」という。
入口には「話題の本」という平台に、たくさんの新刊が並べられている。多くの書店ではこういった新刊台には売れ筋の文芸書がほとんどというのが通例だが、この店舗ではジャンルにとらわれることなく小説やエッセイとともに児童書やビジネス書も顔をのぞかせる。
「入荷された新刊を店頭に並べるのが楽しみ」と語る津久井さんの気持ちが、ここに表れている。書店員さん自身も楽しみながら、いろんなトピックを提供して来店されたお客さんを楽しませているのだ。
僕も2年前に『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』というエッセイを出版した際に、この「話題の本」のコーナーに書籍を並べてもらっていて感激した。僕のような無名の芸人のエッセイを店に置いてもらえているだろうか、と不安に思いながら階段を上って書店の入口に向かうと、自分の本の表紙が目に飛び込んできた。あの光景は忘れられない。帰宅してからも、うれしさを抑えることができなくて、手書きのポップを持参して改めて訪れたら、こころよくポップを飾っていただき、店員さんのあたたかい対応にさらに感動した。
津久井さんは「売れ筋の商品を並べるだけではなく、来店されるお客様の層に合わせて商品のラインナップを変えるようにしている」とも。
その言葉に深く納得する。かつて僕は、シモキタ在住の中学生の家庭教師をしたことがあるのだが、さまざまな教科の問題集が必要になり、渋谷か新宿の大型書店に探しにいくしかないかと思案していたら、その子から「ピーコックの上の本屋に行こう」と提案された。
この街に住む中学生からしたら、あそこの本屋には問題集や参考書が置いてあるということが知識として自然に根づいている事実に驚いた。実際、このビルの4階には塾や予備校や英会話教室が入っているので、授業の合間に生徒さんがいろいろ買いに降りてくることが多々あるらしい。学生にとって、学校参考書が豊富にある書店ほど心強いものはない。
津久井さんの言葉を聞くと、絵本や児童書が数多くあるのも理解できる。買い物帰りにお子さんと一緒に楽しめる書店はシモキタでは貴重な存在だ。ましてや、子どもにとっては本との関係がそこで最初に結ばれる大切な場所である。将来、その子どもが成長して、この書店で漫画や小説や参考書などを購入する姿を想像すると、ほほえましい気持ちになる。
いや、きっともうそれはすでに現実に起こっているだろう。創業23年の歴史を考えると、オープンしたときに誕生した子どもたちは社会人になっていてもおかしくない年齢だ。かつてこの書店で親に絵本をせがんでいた子どもたちが、いまはここでビジネス書を買って仕事に励んでいるかもしれない。
移り変わりの激しいシモキタで、いつも変わらずそこにあってほしい書店。「ピーコックの上の本屋」は、シモキタ住人にとって街のオアシスのような存在なのだ。
【店舗データ】
三省堂書店下北沢店
東京都世田谷区北沢2-25-21 ピーコックストア下北沢店 3F
03-5738-0881
10:00~21:00
元旦定休