吉本興業のピン芸人、ピストジャムです。僕は又吉直樹さんが部長を務める「第一芸人文芸部」という、本について語ったり文章を書いたりする部活動をしています。この特集では、愛してやまない下北沢のすてきな書店を紹介していきたいと思います。
File.5~古書明日
2017年、一番街商店街にオープンした『古書明日』。「古書」という歴史を感じさせる言葉と「明日」という未来を指す熟語の組み合わせが新鮮で面白いなと、いつも店の前を通るたびに思っていた。
『古書明日』は下北沢の古書店としては一番創業が若い。しかし、この場所には以前『白樺書院』という70年ほど営業していた古本屋があったので、ここは古書店としてもっとも古い歴史を持った場所だといえる。
店主の田中さんは、二十代のころからさまざまな書籍販売の仕事に携わり、自らネット店舗を構えたりもしていたらしい。そんななか、古書組合の繋がりから『白樺書院』が閉店することを知り、いつか実店舗を持ちたいという思いを抱いていたので、あとを引き継ぐかたちで店を構えるに至ったという。
棚はすべて前店舗のもの。長らく営業した前店に対する敬意や、たとえ時を経ても価値のあるものを提供しようという古書店としての正しいあり方のようなものが伝わってくる。
「店内を一周するといろんな本を見たな、と思えるつくりにしている」と語る田中さんの言葉どおり、書架に陳列されたジャンルは幅広い。小説、新書、歴史書、美術書、映画、演劇、宗教、雑誌、漫画、絵本まである。棚一面にずらりと並んだ文庫には圧倒されるし、海外作品も多い。民俗学に関する書籍は、かつては「江戸」と名のつくものの売れ行きがよかったけれど、最近は「東京」にまつわる本が人気だというこぼれ話も興味深かった。
棚を眺めていると気になる本が多すぎて困ってしまう。実際、先日この記事の取材依頼をするために訪れたときも、面白そうな本が多すぎて、ご挨拶する前に普通に買い物をしてしまった。
入店しようとしたら店先に並んだボックスに福沢諭吉の『新訂 福翁自伝』(岩波文庫)が置いてあるのが目に入った。
これは僕が慶應義塾大学に入学したタイミングで入学者全員に配られた思い出の本で、文庫版を見たのは初めてだったので思わず手に取ってしまった。すると、そのすぐ近くに村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社)の単行本全三巻セットも見つけた。これは僕が出演させていただいている『第一芸人文芸部 俺の推し本。』という番組で野沢直子さんが紹介されていた作品で、こちらは文庫本は見たことがあったけれど単行本は初めてだった。単行本好きとしては、見つけてしまうとやはり欲しくなってしまう。気づくと、こちらも手に取っていた。
四冊の本を抱えた状態で入店し、とりあえずレジに向かおうとしたら、今度は目の前に圧倒的な存在感を誇る極太の黒い単行本が現れた。増田俊也さんの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)だ。二段組で全700ページという大ボリュームの長編ノンフィクション。先述した番組『俺の推し本。』でスポーツライターの森合正範さんが増田俊也さんを敬愛していると話されていたので、これも外すわけにはいかない。
レジに到着したときには、完全にただの買い物客になっていた。
会計は600円。あまりの安さに声を上げそうになった。本の値段は状態にもよると思うが、それでも驚きだ。
会計を済ませて、取材の依頼をすると田中さんは快諾して下さった。そして取材日当日、改めてご挨拶すると、田中さんはレジで僕のエッセイ『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』(新潮社)を読んでくださっていた。うれしすぎて言葉にならない。
訊くと、初代永世下北沢カレー王が田中さんに僕のエッセイを渡してくださったと言う。初代永世下北沢カレー王とは、生まれも育ちもシモキタで、下北沢カレーフェスティバルで誰よりもカレーを食べた方で、僕は前に文学フリマ東京でお会いしたこともあり、なんと田中さんの中学時代の同級生でもあるらしい。
田中さんとお話していると、脈々と受け継がれてきたシモキタのDNAというか意志のようなものを古書明日に感じる。白樺書院のあとに、シモキタに馴染みのある田中さんが店を構えたことも偶然とは思えない。
興味をそそられる数々の蔵書もそうだ。田中さんがおっしゃるには、ほとんどの書籍は神田の市場で仕入れてくるという。仕入れの基準は「自分が読むかもしれないもの」。
この言葉を聞くと信頼できる。通いたくなる古書店がまた増えた。
【店舗データ】
古書明日
東京都世田谷区北沢3-21-1 1F
03-6416-8869
12:00~20:00
月曜定休