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ローカルからメディアの未来を考える
「再起動せよと雑誌はいう」の著者・仲俣暁生さんに聞く

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雑誌はツイッターの話題にもあがらない

まずは出版された経緯から教えてください

仲俣 大阪などで発行されている京阪神エルマガジン社の「Meets Regional」という雑誌と同社のサイトでの連載をまとめたのがこの一冊です。僕自身、フリーの編集者やライターとしてとしてたくさんの雑誌に関わってきましたが、自分で雑誌を買うことが少なくなってしまっていました。書いているのに、受け手側として魅力を感じなくなってきていることに危機感を感じていましたし、雑誌に長く関わってきた身としては「雑誌は死んだ」と無責任なことを言うことができなかった。だから、まずは今まで読んでこなかったようなメジャーな雑誌にも目を通し、本当に雑誌に力がなくなったのかどうなのか再検討してみようと思ったんです。

電子メディアの影響力が強まり、雑誌を取り巻く現状は厳しさを増しています

仲俣 ツイッターでは書籍のことは話題になっても、雑誌のことが話題になることはめったにありません。皆さんも「◯◯という雑誌の◯◯というライターが書いた◯◯というコラムが面白かった」というツイートはほとんど目にしたことがないと思います。

一方で、書店やコンビニにはおびただしい数の雑誌が並んでいる現状がある。今、雑誌はその見た目と実質的に持っている影響力の差が一番開いてしまっているメディアだと言えます。ただ、電子書籍がまだまだビジネスとして成立していないのにもかかわらず、雑誌はいまだに編集者やライター、デザイナーなど多くの人の生活を支えるだけの力は持っているんです。そういう意味では雑誌は死んでいないし、「再生」ではなく、まだまだ「再起動」できるものだと信じています。

■雑誌は主語であって目的語ではない

「再起動せよと雑誌はいう」という題名は橋本治さんの著書「浮上せよと活字は言う」のオマージュだと伺いました

仲俣 橋本さんは著書で「たまたま、その活字がつまらないだけで、活字自体の力がなくなったわけではない」ということを言いたかったのだと思っています。雑誌も全く同じで、「雑誌がつまらなかったとしても、つまらない雑誌が多いだけで、雑誌という可能性がつまらなくなったわけではない」ということだと思うんです。

もともとの連載では、「リブーティング・ペーパー・メディア」という題名だったのですが、雑誌が再起動される対象として目的語に添えられるのは違うんじゃないかなと、途中から思い直しました。むしろ主語に添えて「雑誌がつまらなくなったというけど、お前らがつまらなくしたんだろ。どうにかしろ!」と雑誌が訴えかけているイメージの方がしっくりくる(笑)

―それでは、雑誌が「再起動せよ」と訴えかけている「目的語」となる対象は誰なのでしょうか

仲俣 もちろんそれは僕たち編集者やライター、デザイナーなど雑誌を取り巻く全ての人です。さらに、誤解を恐れずに言うならば、その責任の一部は読者にもあると思います。伝統ある雑誌が休刊になると、「惜しい雑誌をなくした」と言い出す読者が多いですが、そういう人に限って購読していなかったりするんです。本当にそう思うなら買い続けなければいけないと思う。自戒の念も含めてのことですが。

DTPが出版界にもたらした革命

―雑誌が力を失っている一方、いわゆる「ミニコミ」と呼ばれるインディー雑誌が支持を集め始めています

仲俣 著書の中でも触れましたが、出版業界に本当の意味で革命をもたらしたのは、電子書籍などではなく、DTPの技術です。これにより、「ミニコミ」や「ジン」と呼ばれる文化が登場し、編集の専門知識がないような人でも気軽に雑誌を発行することができるようになりました。こうした「ミニコミ」や「ジン」が支持を得ている現状を、出版業界の人は真剣に考え、分析しなければいけないと思います。

では、なぜ本書を「PLANETS」や「界遊」など人気のあるミニコミだけを取り上げる本にしなかったのかというと、もっとしっかりコミットメントした上でないと彼らに対して失礼だという思いがあっただけではなく、誰もが知っているメジャーな雑誌を取り上げることで見えてくるものがあると思ったからです。

「文藝春秋」「思想地図β」「鉄道ファン」、下北沢のカフェ「kate coffee」が発行している「kate paper」などをフラットに並べることによって、雑誌の本来の意味を考えてみたいという思いもありました。

―「ミニコミ」ブームは若い世代がけん引しています

仲俣 昔のように「右手に朝日ジャーナル、左手に少年マガジン」などという妙な同調圧力がない分、今の若い人たちは雑誌に対して自由なんです。今考えると、昔はとんでもない時代だったんだなって思いますけど(笑)

■ローカルからグローバルに読まれる雑誌を

―「再起動せよと雑誌はいう」では、「ローカル」から発信するメディアの可能性に期待感を示しています

仲俣 かつて、ニューヨーク、パリ、ロンドンだけではなく、スコットランドのグラスゴーやアメリカの中西部などの地方都市からインデペンデントな音楽レーベルが登場し、そこから面白い音楽が世界中に広がっていったムーブメントがありました。僕は同じようにローカルから世界で読まれるような雑誌が登場することに対して、夢を捨て切れないでいるんです。そこの地域から漂う「匂い」みたいなものを感じる雑誌がグローバルに流通することがあってもいいと思います。

―「匂い」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?

仲俣 例えば下北沢の「kate paper」は下北沢という地名を前面に押し出さなくても、ミュージシャンの曽我部恵一さんなどが登場し、下北沢独自の人脈で発行しているフリーペーパーだということが伝わってきます。話題をローカルに限定しなくても、匂いは読者に伝わるものです。一方、「マガジンハウス」という出版社は東京の銀座にあるにもかかわらず、雑誌から銀座の匂いがいまいち伝わってこない。

既存の大手雑誌のように「東京ローカル」なことしか扱っていないのにもかかわらず、ニュートラルな立場を守っているように振る舞っている雑誌には魅力を感じません。そもそも世界的に成功したバンドだって偶然近所に住んでいた仲間と一緒になって創作に励んでいたうちにグローバルな評価を得たにすぎないんです。

雑誌にはそういった成功例があまり見られませんが、これからはローカルからグローバルに展開する雑誌が生まれてほしい。もちろん、それは紙に限らなくてもいいと思います。ウェブメディアであっても、匂いが伝わってくる雑誌的な媒体をつくることができると思います。ラーメンだってご当地ものがあるし、みそだって地域それぞれの味があるのですから、雑誌でだって絶対にできるはずです。

下北沢経済新聞のような「みんなの経済新聞ネットワーク」にも、とても注目しています。あえて注文をつけるならば、もっと「文化の匂い」がする記事を積極的に配信してほしいですね。

■お気に入りの雑誌がないなら……

―仲俣さん自身も下北沢で「路字」というフリーペーパーを発行されていました

仲俣 はい。でも、やっぱり結構つくるのが大変で今は休刊になってしまっているんです。ただ、発行人の金子賢三さんもやる気があるようなので、何とか復活させたいと思っています。「kate paper」も2011年は発行されず、その代わりに『空気公団』の山崎ゆかりさんによる初詩集「レターは、どこにある。」が出版されました。「再起動せよと雑誌はいう」がきっかけとなって「kate paper」が評判になり、発行へのプレッシャーになればいいんですが(笑)

―下北沢の魅力はどんなところですか?

仲俣 下北沢はサブカルチャーの街だというイメージが強いですが、いい意味で東京の田舎っぽいところが残っている街だと思います。地方都市に行くと必ず地元の人が集まってお酒とかを飲んでいる一帯がありますよね。そんなイメージに近いかもしれません。

―最後に読者にメッセージをお願いします

仲俣 「再起動せよと雑誌はいう」では、たくさんの雑誌をカタログ的にレビューしていますので、雑誌を購入することがほとんどない方にも参考にしてもらいたいです。もし、最後まで読んで一冊もお気に入りの雑誌が見つからなかったら、自分で雑誌を発行することも考えてほしい。これが本著の裏メッセージでもあります。

「再起動せよと雑誌はいう」のFacebookページ
【プロフィール】

仲俣暁生(なかまた・あきお)。フリー編集者・文筆家。武蔵野美術大学非常勤講師。1964(昭和39)年東京都生まれ、下北沢在住。「CITY ROAD」「WIRED日本版」「季刊・本とコンピュータ」などを経てフリーに。ウエブサイト「マガジン航」編集人のほか、「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ)のサブパーソナリティーなども務める。著書「ポスト・ムラカミの日本文学」(朝日出版社)、編著「ブックビジネス2.0 - ウェブ時代の新しい本の生態系」(実業之日本社)など多数。

(文責:宮崎智之、写真:小野田弥恵/下北沢経済新聞、撮影協力:tag cafe

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