特集

下北沢に息づき始めた四つ折りフリーペーパー「路字」
発行人・金子さん、編集人・仲俣さんに聞く

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■「メディアづくりの実験として」

── 創刊までの経緯を教えてください。

金子 まず、世田谷区に地域風景資産という制度があるので、小さな媒体をつくり、下北沢の3つの路地を推薦するつもりでした。そこで昨年末に編集者の藤原ちからさんに声をかけたのが始まり。でも、特定の場所だけを守ることに疑問を抱き、推薦は途中で辞退しました。一方、僕には再開発反対運動を続けて4年、下北沢の良さをきちんと言葉にしてこなかったという反省があったので(注1)、いずれにしても、それを形にしたかった。ただ、当初は(構想自体が)ペラ1枚の話だから仲俣さんに声をかけづらかった。

仲俣 でも、雑誌だったら大変だから断っていましたよ。僕もちょうど 雑誌やブログとは違うアクチュアルなものをやりたかったんです。で、つくるなら、みんながやりたいことをやれるような場にしよう、と。ただし、あまり夢中になると生活を圧迫するので、最小限の労力で最大限の効果を発揮できないか、小さなメディアで大きなアクションを起こせないかと考えました。メディアづくりの実験として面白がってやっています。

(注1)金子さんは下北沢の再開発計画の見直しを求める市民団体「Save the 下北沢」のメンバー。今年3月まで共同代表を務めていた。

■デザインは「単純なようで、結構計算している」

── シンプルな形に落ち着いたのでは?

仲俣 消去法でこうなりました。つくり方は一目瞭然。A3の紙の表裏を一色で刷り、四つ折りするだけ。とじたり、裁断する必要もない。

金子 自宅のプリンターでもできる。

仲俣 「これなら自分たちにもできる」と考えてもらえるとうれしいですね。波紋が広がってほしい。ただ、地味で単純なようで、結構計算しているんです。押し付けがましくなく、手に取られるのを待っているようなたたずまいになるように。

金子 「これ、なんだろう?」と考えさせるように。

仲俣 そのコンセプトをデザイナーの加藤賢策さんがすごく的確に形にしている。


■書き手や取材対象は身近な人

── 企画はどのように進めていますか?

仲俣 今のところは無理しないように抑制しながら進めつつ、せめて2カ月に一度は刊行しよう、と。

金子 計画を立てるとそれに縛られるじゃないですか。「がんばろー!」というノリではないですね。

仲俣 実際、わざわざ編集会議を開かなくても、メンバーとは別件で会うことがあるし、雑談から企画が生まれることもある。配布先は週に一度は行く店。書き手や取材対象も、ふだんから付き合いのある人。今のところ、わざわざ有名人に依頼することはないですね。

金子 日常的なつながりを生かしている。目の前にあるものを面白いと思ってそのまま載せる感じ。

仲俣 ほとんど成り行きなのに、結果として計画しているように見えるのは加藤さんのおかげです。


■「手に入らないことにイライラしてほしい(笑)」

── 手応えや反響、今後の抱負について教えてください。

仲俣 ある程度予想通りに進みましたが、それでも作業は予想以上に大変(笑)。今、発行部数は各号1,000~1,500部。この街では充分な数でしょう。大きな本屋さんから「置きませんか?」と誘われたこともあったけど、そのための大量生産は負担になるし、それでは本屋のサービスになってしまう。マスメディアになると一気に意味が変わってしまうでしょう。メディアとメッセージがずれないように気を使っています。5,000人以上にメッセージを伝えたいなら、ネットとか他の手段にしますね。ただ、ネットでの公開も検討中ですが、そうすると閲覧だけで済まされる可能性がある。

金子 それはつまらないね。そもそも読んでほしいというより、手に入らないことにイライラしてほしい(笑)。ネットよりも街で具体的なアクションや会話が生まれるきっかけにしたい。

仲俣 ネットは有効に使いたいですが、要するに読者を増やしたいのではなく、コミュニケーションの濃度を高めたいわけです。量より質。僕は以前からブログ(注2)などで下北沢について発言している割に、街の人と深くコミットしているわけではなかったけど、その点、「路字」はコミュニケーション・ツールになっています。

金子 僕も運動をやっているときより、ちゃんと自分の言葉が受け止められている実感があります。

仲俣 反対運動のリアクションは賛成か反対かに偏りがち。でも「路字」は明確な目標を立てているわけではなく、何にも反対してない。

金子 そもそも「路字」は下北沢のことだけを考えるメディアではないし、フリーペーパーに限定するつもりもないしね。

仲俣 実はそれほど内容を重視していない。

金子 だから名刺みたいなものですね。実際、加藤さんが勝手につくってきたロゴ入りの名刺を見たとき、「できちゃった」と思ってしまった(笑)。

仲俣 レーベルのように「路字」という名で何をやってもいいわけだよね。

金子 あとは、収益が少し生まれて、紙代くらいはまかなえないかな、と。

仲俣 現状でも自分の仕事として紹介されたりするとかのメリットはあると思うけど、手間暇かけた人のところに儲けが行くようにしたいですね。

(注2)仲俣さんは2005年頃から、ブログ「海難記」で下北沢の問題について言及している。


■下北沢を再発見するきっかけとしての「路字」

── お二人にとって「路字」とは?

仲俣 街を再発見するための道具かな。僕は編集者がどう街の問題に貢献できるかをずっと考えていたんです。これはそれを実感できる仕事。「路字」をつくる過程で、街を知る面白さと難しさを同時に知り、「メディアはマッサージである」という(英文学者・文明批評家の)マクルーハンの言葉を思い出しまし た。いずれにしても、下北沢にはもともと食住接近のイメージがあるけど、生活空間で自分の仕事ができるのは幸せなことだと思います。

金子 店と客という関係でも、お金を介したやりとりにとどまらないコミュニケーションが、割と通用する街ってあるでしょう。僕は下北沢を、そういう偶然できあがった良い環境や魅力を失いつつある街のモデルケースととらえています。「路字」がそれについて考えるきっかけになればいいですね。

路字」は現在、0号から3号までを配布済み。主な配布協力店は下北沢のカフェ「kate coffe」(北沢2)、「イーハトーボ」(北沢2)、「mixture」(北沢3)、古書店「気流舎」(代沢5)、吉祥寺の古書店「百年」(武蔵野市吉祥寺本町2)。福岡の文化芸術情報館アートリエで11月1日~16日に開催された「フリーペーパー=小さなメディアの放つ光」展にも参加した。

(プロフィール)

金子賢三 1964年生まれ。一級建築士、市民団体「Save the 下北沢」メンバー。下北沢出身、下北沢在住。

仲俣暁生 1964年生まれ。文芸批評家、編集者。著書に「『鍵のかかった部屋』をいかに解体するか」など。葛飾出身、下北沢在住。

(文責:西野基久/下北沢経済新聞)

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