■「馬鹿よ貴方は」とは、何者なのか
―まず、このコンビ名はどちらが決められたんですか?
新道竜巳(画像左:以下、新道 敬称略) 芸名をつけようというときにカラオケ屋にいたので、モニターに流れる曲名を順々に読んでいったら、彼(相方・平井)が「馬鹿よ貴方は」に反応したので、これに決めました。
平井“ファラオ”光(画像右:以下、平井 敬称略) 僕の記憶では「馬鹿よ貴方は」という演歌のタイトルが流れたときに、彼が「よし、これにしよう! これにしよう! これにしよう!」ってずっと言ってきたので、「じゃあ、まあ」って感じで。いまだに、このコンビ名ないなって思っています。まあ、別になんでもいいんですけどね。
―すでに行き違いがありますが(笑)。普段の仲はいい方ですか? 例えば飲みに行ったりとか。
新道 普段、二人で行動することは……ないですね。いつか飲みにいけるといいんですけどねえ(笑)。
平井 ライブ会場で会うくらいですね。
―ネタの練習で会ったりしないんですか?
新道 基本的に、ライブ会場で次のライブのネタ練習をしちゃうんで、練習のためだけに会うこともほとんどなくて。
■「新境地って言葉が似合いそうだなと思った」
―コンビを組もうと声をかけたのは?
新道 僕からです。お互いピンのときに知り合いのライブで出会って、変なやつがいるなって思ったのが最初ですね。僕はこれまでけっこういろんな人とコンビを組んできたんですけど、今の相方が一番長いです。
―平井さんは、結成当時からぼそっとボケるスタイルだったんですか?
平井 当時はまだ芸風は決まってはいなかったです。いろんなことを試していた時期で、見た目も地味でしたし。彼と組んでから、ちょっと変な芸風で行った方がもともとの雰囲気に合っていて自然なんだろうなって無意識に。それが今につながっていったんだと思います。この人と出会うまでは自分の方向性みたいなものが全く見えてなかったので、出会ってなかったら今芸人をやっていたかどうかわかんないですね。
新道 ネタは僕が作っているんですけど、相手が受け入れてくれるネタっていうのがどうしてもあって。どれだけ面白いネタにしても、受け入れられないものは受け入れられない。なにが面白くてどういう形式がやりたいのか、言葉では言わなくてもみんな漠然と持っているんですよ。その人の今までの人生観をくみ取って、その人に合ったネタを作るようにはしています。
―新道さんが作った台本を初めて見たとき、平井さんはどういう印象でしたか?
平井 最初のネタは、まだ僕のキャラクターとかは考えてはいなかったと思うんですけど、このネタをもし誰かがテレビでやっていたりしたら、普通に面白いと思うだろうなと。
新道 初めて二人のネタを作ったときは、新境地って言葉が似合いそうだなって思いました。彼の価値観と、周りの温度感に差が出そうだなと。彼は自然で無理がなくて、でもお客さんはちょっと耳障りがあって新鮮なネタができると感じました。
■「来年までに売れるぞ」と思わず、無責任なほうがいい
―長かった下積みを経て、昨年は「THE MANZAI」決勝進出、そして今年は単独ライブと着実にステップアップしていると思うのですが、夢を実現させるために大切にしていることなどあれば教えてください。
新道 お笑いだけじゃなく音楽とかもそうですけど、軽いノリでやっている人がすごく多いんですよ。自分がやっていることって自分の中ですごく頑張っていると評価してしまって、「売れてやるぞ」「希望を持つぞ」って思っちゃうんですけど、そんなことでは売れない。みんなそうだから。まず、自分がやっていることがいかに売れる可能性が低いか自覚しないと。だから、ほかの人たちより危機感持ってやるためには、もっと現実的に絶望的なところを見ていかないといけません。
―危機感を持って取り組むということですね。でも、ストイックに続けているとつらくなりませんか?
新道 僕の場合は、売れるより継続することを一番優先しているので、しんどくならずに継続しやすい方法を考えます。今まで僕、物事を長く続けられなかったんで、続いているだけで宝なので大切にしていこうと思っています。「来年までに売れるぞ」とか「今年のコンテストは決勝に行くぞ」とか、そこで辞めていく人が非常に多い気がして。そうじゃなくて、今年ダメなら来年、それもダメなら再来年またがんばればいいじゃないかって思うんです。「おれはこの時期に売れないとダメだ」とか、自分の価値を自分で決め過ぎててるんですよね。いや、それは周りが評価するからって話で。もう無責任にやっていったほうがいい。
■相方の「売れたい」のために
―「THE MANZAI 2014」では決勝に進出されましたが、手応えみたいなものはあったのでしょうか?
新道 僕は継続が優先って言いましたが、相方はある程度早めに売れたいっていう思いがあるんで、そのための方式を自分の中に取り入れて臨みました。
―具体的にどんなことを意識したんですか?
新道 僕、ネタを作るのが好きで、どんどん新しいネタをやってくのが好きなんですけど。でもそれだと、ひとつひとつのネタの仕上がり方が浅いんですよ。なので今回は、いろいろなオーディションに行った中で一番評価されやすい形式のネタを、コンテスト用に作り込みました。そしたら、決勝まで行けた。「THE MANZAI」は3、4回目ですが、この形式のネタにしたのは、やっぱり相方の早く売れたいっていう気持ちがなかったらやっていなかったかもしれないですね。
平井 僕の早く売れたいって気持ちには理由はあるんですけど。まず母親に楽をさせてあげたいっていうこと。自分のことだけを考えればもう少しのびのびできるかなあとも思いますが、今現在、売れてない時期っていうのは楽しくないので。あとは、自分の中でもっとやりたいことがあって、それは売れてからじゃないとできないことだったりもするんで、それをやるにはやっぱり売れないといけない。
―今は、やりたいことを実現するための土台作りだということですね。ちなみに、それはどんなものですか?
平井 いろいろあるんですけど、お笑いっていう枠の中でもあれば、またちょっとずれたとこでもある。ジャンルで区切るよりも、もう少し曖昧なところを狙ってやってみたいなと。今度の単独ライブでも間違いなく笑いが起きないようなことをやると思うので、めちゃくちゃ不安なんですけど、あえて事前に狙いを伝えないでお客さんの純粋な反応を見たいと思っています。
■ネタがウケなくても、ジタバタしないで受け止める
新道 ネタの話で言うと、どんどんたまってしまっているので、単独ライブでまとめてやれるのはありがたいんですよ。一時期、単独ライブをよくやっていたんですけど、映像も音もなしで20数本のネタを一気にやってたら、お客さんが疲れちゃって。だから今回は1時間と短めにして値段も1,000円。軽食感覚で来てもらえるようにしました。
―軽食感覚ライブ(笑)。気軽に足を運べるということですね。
新道 安くした代わりにというか、自分たちがお客さんの反応を見てみたいネタもやります。失敗込みで見てもらって、反応をうかがって、次につなげたいんです。人が成長するときには多少の犠牲が必要だと思うんですね。だから僕らも、お客さんも、ちょっとずつ犠牲を払ってもらうという(笑)。
―ライブでお客さんの反応をかなり感じ取っていらっしゃるんですね。
新道 反応を見るのは、自分の方法論を試すためですかね。それと同時に、まあウケなくてもいいやっていう気持ちもあって。場の空気とかそれこそ天気とか、会場みんなの状態がそろって初めて笑っていただいているので、変にジタバタせずに受け止めようと思っています。なぜなら、たくさんのお客さんに理解されるネタを作るっていうより、自分が思っている新しいことを理解させるべきなんですよね。変に世間の求めているものを追っていたら、そこに自分はない。自分が考えるネタの中で、今の時代に合いそうなものがあればそのとき出せばいいのであって、無理して作る必要はないんじゃないですかね。
■テレビに出てから変わったことは「ツイッターに書かれる」
―「THE MANZAI 2014」でダークホースとして注目されてから、何か変わりましたか?
新道 自分は漫画家の小池一夫師匠と、落語の師匠がいるんですが、「THE MANZAI」の決勝に出ることが決まってからすぐ電話しました。小池師匠は全然興味なさそうだったけど(笑)。
―それは師匠に対する恩返し的な気持ちですか?
新道 いや、恩返しって気持ちではないですね。これまではまったく売れてなかったから話しかけることもできなかったんです。自分がまだ何者でもないから、何話していいかも分からなくて。やっとテレビに出て名前がちょっと知られて、よし、話しかける立場になったぞと思いました。
―平井さんは、何か変わりましたか?
平井 僕は街で発見されるようになりました。直接話しかけられるというよりは、ツイッターで「ファラオ見たよ」とかつぶやかれているみたいです。僕はツイッターをやらないので知り合いづてに教えてもらったんですが、どこで何をしていたかとか結構見つかっているんだなと思って。それで、一応マスクと帽子もかぶるようにしたんですけど、それを天狗だって言われて、どうしようかなと。
―(※取材当日、平井さんはテンガロンハットをかぶっていました)でも、この帽子は逆に目立ってしまう気がしますが……。
平井 でもどうせかぶるなら、自分の気に入ったやつをかぶりたいので、そこはちょっと譲れないですね。
■下北沢で下積みを積んだ思い出
―お二人は以前、「下北プレップス」(下北沢BOX104で毎週金曜~日曜に開催されている無料お笑いライブ)にも出演されていましたが、下北沢での思い出などはありますか?
新道 当時は「エムソンズ」という名前でやっていたお笑いライブでしたが、すごく嫌でしたね。出番前、下北沢の街に出てチケット配りをしなきゃいけなかったんですが、ほかのレギュラーメンバーは芸歴2~3年ですごく明るいやつらで、固定ファンがついていたりして、そういうノリがとにかく苦手でした。でも、自分にはない部分をたくさん学べました。そういう意味で感謝をしています。あと僕は、下北沢南口のラーメン屋でアルバイトもしていました。一番やりたくないバイトは何かと考えたときに、すぐ思いついたのがラーメン屋だったので。「いらっしゃいませー」って元気に言うのも、お客さんが若者ばかりなのも、バイト仲間にバンドマンとか役者を目指すやつらが多いのも、本当に反吐(へど)が出るぐらい嫌で。バイト仲間が夢を熱く語っているとき、横から「そんなんでいけると思ってんの?」って論破しまくっていました。
―あえて嫌なチケット配りや、バイトを選んだのはなぜですか?
新道 自分の嫌なことをやって崖っぷちに追い込めば頑張れるかと思って。ラーメン屋の社員さんにも「やりたくなくてやっているんです。自分の人格を変えるために、ラーメン屋は一番嫌だったので選びました」って言ったんです。ただ、いい加減にやるのではなくて、「勉強のために、よりがんばろう」という姿勢なので、むしろ怒られることもなくて、結果的に良かったですけどね。ちなみに、1年ぐらいでオーナーが逃げちゃって、全員クビになりました。その店長は、うわさではどっかのラーメン屋で働いてるらしいです。
―平井さんは、下北沢での思い出はありますか?
平井 相方よりも自分の方が下北沢に詳しい自信があります。アンティークショップ、古着屋、カフェなどを巡るのが好きで、下北沢のどこに何があるか頭の中に地図ができている。特にアンティーク調のインテリアの喫茶店が好きで、「カフェ・ド・パルファン」(北沢2)がお気に入りです。音楽も好きで「ディスクユニオン」(北沢1)に数時間入り浸ったりもします。CDをたくさん買いたいんですけど、あまりお金がないのでかなり吟味するので。
■「下北沢とは?」の回答もバラバラな二人
―お二人にとって、下北沢はどんな街だと思いますか?
新道 うーん、絶望の街ですかね(笑)。音楽やりたい人とか役者目指す人とか、お笑いの人が集まってくる街ですけど、集まるっていう情報のまんま集まってくるんかい、みたいな。仲間と一緒に語り合って……って、語りあうんかい、みたいな。そういうなれ合いは、一番夢から遠いんじゃないですかね。こういう絶望感含めて、本当は気に入っているんですけどね。
―そんな絶望の街で単独ライブをやられることに関しては、どうお考えですか?
新道 中途半端に夢を追っているやつらは俺らのライブを見て考えを改めろっていう、上から目線です(笑)。これは冗談としても、でも本当に、それぐらい僕らに興味のない人が来てくれると本当にうれしいですけどねえ。ちょっと毒吐いて帰ってくれるくらいの。
―平井さんは下北沢に対してどういう印象ですか?
平井 昭和というか、レトロというか、下北沢のような街は都内に少なくなっている。高層ビルとかも作ってほしくない。街として調和があってほしいなと思っているので。下北沢は街が平らに並んでいる印象で、そこはそのままであってほしいですね。自分個人の考えなので強要はできないですが。
―それぞれの下北沢感もまったくかみ合っていなかったですが、それもお二人らしいと思いました。ありがとうございました。
(文責:金井悟)
【プロフィール】お笑いコンビ「馬鹿よ貴方は」。オフィス北野所属。結成7年目。(左)新道竜巳さん。1977年4月15日生まれ。千葉県出身。O型。役者を目指して上京するも、「演技には正解がなくて自分には難しいが、お笑いは笑いを取れば一応合格」と考えお笑い芸人に。芸歴17年目。(右)平井“ファラオ”光さん。1984年3月21日生まれ。神奈川県出身。O型。ダウンタウン松本人志さんの「遺書」(朝日新聞社)に影響を受け、高校卒業後、お笑い養成所のNSC東京に入る。芸歴15年目。