吉本興業のピン芸人、ピストジャムです。僕は、20歳のころにシモキタに越して来ました。カレー好きの僕にとっては、この街は天国です。
この特集では、僕が全責任を持って推薦する、美味しいカレーが食べられる店を紹介していきたいと思います。
File.5~魔人屋
「ふだんライブじゃやらないんだけど、12月は毎週アメイジング・グレイスを歌うようにしてるの」
ライブ終わりのポコさんは、カウンターに座る僕の肩にそっと手を乗せてつぶやいた。
『魔人屋』では、毎週土曜にライブがおこなわれている。僕は、先日初めてライブを観に行った。
ピアノとベースと、スネアとシンバルの簡単なドラムセット。ボーカルは魔人屋のオーナー、ポコさん。
彼女はジャズシンガー。23歳で店をオープンさせ、毎週欠かさずここでライブをしている。
今年、『魔人屋』は47周年を迎えた。僕が生まれる前からやっているんだと思うと、改めて凄みが伝わってくる。
下北沢駅から徒歩8分。井の頭線池ノ上駅からだと徒歩2分のところにある奇妙な名前のバー。それが『魔人屋』。読み方は、「まじんや」ではなく「まんとや」。看板に小さく「まんと」と、ひらがなでふりがなが振られている。
なんで「魔人」を「まんと」と読ませているのだろう。ずっと気になっているのだけれど、毎回尋ねるのを忘れてしまって、まだ訊いたことがない。
僕が初めて訪れたのは24年前。大学3年生、20歳のときだった。
当時、僕は鈴なり横丁にあった『Puttin』というバーによく飲みに行っていた。マスターはプッチンというニックネームで親しまれていたのだが、その呼び名を命名したのがポコさんだった。
今年、ポコさんの70歳の誕生日にたまたま『魔人屋』を訪れた。入ると、もう店じまい直前だったのか、ポコさんもカウンターの椅子に腰かけて客の男性と二人で飲んでいた。
15年以上ぶりの再訪だった。部屋で『ざわざわ下北沢』という映画を久しぶりに観ていたら、エンドロールで熱唱するポコさんの歌を聴いて、会いたくてたまらなくなった。
ドアを開けたとき、一瞬不穏な空気が流れたが、
「ごぶさたしてます、野寛志(のかんし)です。ポコさんに会いたくて来ました」
と、本名を名乗って挨拶した。すると、僕のことを覚えてくれていて、あたたかく迎えてくれた。
その夜、ポコさんはアカペラでアメイジング・グレイスを歌ってくれた。ハートを震わせる歌声。プレゼントをあげなければならないのは僕のほうなのに、僕が贈り物をもらってしまった。
それから、バイト代が入ると『魔人屋』に飲みに行くようになった。通い始めてわかったことは、ここは料理がなんでもおいしいのだ。
しかもメニューの幅が広い。自家製の塩辛やぬた漬けから、唐揚げ、ジェノベーゼ、焼きうどん、チャーハン、ステーキ、納豆鍋など。
バーのメニューとは思えない。そのへんの居酒屋より品数も充実している。
そんななか、僕は食事を取らずに行ったら毎回カレーを注文するようになった。魔人屋のカレーはおいしいだけではなく、ほっとさせてくれるのだ。
食べるだけで、いやされている心地がする。家庭で食べるカレーの最高峰という感じだ。
ルーには、牛肉とこまかく刻まれたたくさんの野菜。セロリの葉も入っている。
何十年もつぎたしつぎたしでつくられたルーは、さらっとしているのにコクが深い。スパイスも効いていて、食べ進めると体もほのかに熱くなってくる。
カレーピラフも人気で、こちらにはピラフの上に生卵が乗せられている。このカレーピラフにも、もちろんカレーのルーが使われている。調理の最後に、ルーを少しくわえて完成させるという。
高校時代によく食べた、大阪アメリカ村にある『ニューライト』のセイロンライスに似ている。初めて食べるのになつかしい。
ちなみに、このルーには野菜がたっぷり入っているけれど、じゃがいもは入っていない。ポコさんが、カレーに入っているじゃがいもはあまり好きじゃないらしい。
ジャズを聴きながら、おいしいカレーと酒に舌鼓を打つ。シモキタの喧騒から離れて、ほっとひと息つきたいとき。そんなときは、ぜひ魔人屋を訪れてみてほしい。
【店舗データ】
魔人屋
東京都世田谷区北沢1-31-3 ルナ池ノ上 101
090-8742-5851
18:00~翌1:00
定休日 火曜日
※営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください