吉本興業のピン芸人、ピストジャムです。僕は、20歳のころにシモキタに越して来ました。カレー好きの僕にとっては、この街は天国です。
この特集では、僕が全責任を持って推薦する、美味しいカレーが食べられる店を紹介していきたいと思います。
File.10~METHI(メティ)
インドではカレーをつくる際のスタータースパイスとして、クミンと一緒にフェヌグリークをよく使用する。フェヌグリークはマメ科の一年草の種子で、ヒンディー語でメティと呼ばれている。
メティは、油で熱すると黒糖やメープルシロップのような甘い香りと独特な苦味のある香りを放つ。この甘くて苦い香りが、カレーのコクや味の厚みを引き出してくれる。
初めて『METHI』の立て看板を見たとき、なみなみならないこだわりを感じた。一つのスパイスの名前を、そのまま店名に使うなんて。もし、数種類のスピリッツや割りものでさまざまなカクテルを出すバーの名前が『ウォッカ』だったら、きっと多くの人が同じような印象を抱くだろう。
店頭には、南インドの伝統的なミールス(小皿にわけられた複数のカレーと、ライスや副菜が一緒に大皿に乗った料理)の写真と「Today’s Menu」と美しくすっきりしたフォントで書かれたメニューも置かれていた。メニューにはカレーが4種類。味の詳細もきっちりすべてに添えられている。
間借りカレーとは思えない本気度。この店は、間違いなくうまいぞ。いままで数百店舗のカレー屋を食べ歩いてきた経験値が僕に語りかける。
これが今年4月の話。あれから約3ヶ月が経った。メモを確認すると、もうすでに12回も通っている。ほぼ週に1回のペース。新規開拓を常としている僕には、自分でも驚くほどのハイペースだ。ふだんのカレー屋めぐりのルーティーンでは考えられない。
『METHI』のカレーの魅力は、想像を超える引き出しの多さと深みだ。それは、インド料理が持つポテンシャルの高さとも言い換えられる。オーセンティックなインド料理が、いかに多様性に富んでいて、おいしいものなのかミールスを通じて体感できるのだ。一つひとつのカレーや副菜から、広大なインドの長い歴史を垣間見ることができる。
具体的に説明しよう。まず、ポイントは提供されるカレーの種類の豊富さ。それらは南インドにかぎらずインド各地のカレーで、すべて特色の違うものが並ぶ。
以下は、取材した当日のカレーメニュー。
A. Kadai Chiken 東インドの辛いチキンカレー。ざく切りピーマンと玉ねぎの甘み。
B. Fish Curry 南インドの魚カレー(サバ)。トマトベースグレイビーにタマリンド。
C. Veg Kuzhambu 南インドの野菜のカレー。さつま芋・じゃが芋・ほうれん草。
D. Chana Daal 南インドベースのシンプルなチャナダル。豆の旨味を活かしました。
これらに以下のサイドメニューがつく。
本日の副菜……日替わり野菜の付け合わせ
チリトマトチャトニ……トマトとココナッツの辛いソース
大根のウールガイ……辛いオイル漬け
パパド……お豆のせんべい
青唐辛子のピックル……青唐辛子のピクルス
ライスはインドの香り米であるバスマティライス。Sサイズ150グラム、Mサイズ180グラム、Lサイズ210グラム、LLサイズ250グラムから選べる。
ドリンクの種類もチャイやラッシー、アイスコーヒー。アルコールの入ったラムチャイやラムラッシーまで。
この圧倒的な品数が『METHI』の強さだ。この多種多様な料理が、ミールスという宇宙空間で無限大においしさをふくらませてくれる。
それぞれの味を個々に楽しんだあとは心のおもむくままに、いや舌のおもむくままに混ぜ合わせて食べればいい。
ミールスを食べたことのないかたには、そう言われても方法がわからないとか、ハードルが高いと感じる人もいるかもしれない。しかし、それはまったくもって心配いらない。テーブルに置かれたメニューの裏には、丁寧に「食べ方例」が図解付きで載っている。それを実践するだけで、かならずそのおいしさの無限の広がりを感じられる。
サバのうまみが効いたFish CurryにChana Daalを混ぜるとやさしくコクのあるカレーになり、そこに青唐辛子のピックルをくわえると酸味が合わさってサバのうまみがさらに増し、Kadai Chikenを少しずつかけていくと辛みがじわじわやってきて、割ったパパドをひとかけふりかければ食感の変化も楽しめ、いまメインで食べているところの逆サイドからVeg Kuzhambuを混ぜていけば、また新しい味のグラデーションも楽しめて、そこに大根のウールガイを口にふくみながら……。
書ききれない。『METHI』のカレーの楽しみかたは十人十色。決してひとことでは言いあらわせない。
恐ろしいことに、このカレーの種類は多いときには5種類用意されている日もある。しかも、これらはすべて店主のYUIさんがひとりできりもりしている。
ベースは、水曜から日曜までの週5日のランチ営業。それに加えて火曜の夜にディナー営業をやったり、月に一度はビリヤニ(インドの炊き込みごはん)の日もあったり。ディナーでは、バスマティライスをクミンで炒めたジーラライスでの提供も。ビリヤニは、冷凍の持ち帰りの販売もおこなっている。
こだわりを感じる店だと思っていたけれど、正直ここまですごいとは思わなかった。しかも、ひとりでこの仕事量をやっているなんて。
YUIさんの趣味はロードバイクだと言う。ヒルクライムの大会に参加し、山を自転車で駆けあがるのだ。毎週、そのためのトレーニングも欠かさないと続ける。
いったいその体力はどこからやってくるのか。
それは、スパイスの力にほかならないだろう。
スパイスとは漢方薬だ。これは比喩ではなく、実際にそうなのだ。二日酔いに効くことで有名な漢方「ウコン」は「ターメリック」のことだし、唐辛子は「チリペッパー」のことだ。辛いカレーをインド人が好むのは、チリペッパーの持つ発汗作用で体温をさげるためだと言われている。
おいしくて楽しくて体にいい。こんなすばらしいものがほかにあるだろうか。
ちなみに、この記事を書くにあたってメティというスパイスの効能を調べてみた。胃腸の調子を整え、血糖値やコレステロールや中性脂肪をさげ、脳細胞を活性化させ、脂肪の蓄積を抑制し、性ホルモンに働きかけ、女性はホルモンバランスが整い、男性は強壮や精力が増進するという。
まるで魔法のスパイス。僕は、しばらくMETHIの魅力から抜け出せそうにない。
みなさんにも、インド料理という山の高みを目指すスパイスヒイルクライマーがつくる絶品カレーをぜひご賞味いただきたい。
【店舗データ】
METHI
東京都世田谷区代沢4-34-12淡島マンション1F淡島倉庫
平日11時半~14時LO
土日祝11時半~15時LO
※最新情報はInstagram(@methi_spice)をご確認ください。