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インタビュー2011-01-11

「もしもし下北沢」を発表 
よしもとばななさんに聞く「変わりゆく街との関わり方」

「観光客として初めて訪れたとき、かわいい建物や迷路のような道を歩いて、まるで現実を縮小した物語のような街だと思った」。これは、下北沢経済新聞の取材で出会った韓国人女性の言葉。彼女にとって下北沢は新鮮な驚きにあふれた街だったようだ。その一方で、長く暮らす住人から「最近は変化ばかりが目につく」と、変わりゆく下北沢へ戸惑いの声を聞くこともある。

昨年秋に出版された小説「もしもし下北沢」は、父親を亡くした主人公「よっちゃん」とその「お母さん」が、下北沢で新たな生活を営んでいく物語。2人がこの街で日々を重ねながら、傷ついた心を癒やしていく足取りをたどると、そこに街と人との関わり方が見えてくる。作者であり、下北沢近辺で暮らして約10年になるというよしもとばななさんに、同作を描きながら感じたことについて聞いた。

■下北沢を舞台にしたきっかけ

―なぜ下北沢を小説の舞台にしようと思ったのですか?

よしもと 今の下北沢の雰囲気をそのまま残しておきたいと思ったんです。ここ5年くらい、下北沢の街の移り変わりがあまりにも早いので、なんだか動揺しちゃって。

―主人公の「よっちゃん」が務める店のモデルであり、実在したビストロ「レ・リヤン」は、2008年12月末に閉店していますが、やはりこちらも「残したい」という思いから書かれたのですか。

よしもと 「レ・リヤン」が無くなると聞いたときはものすごくショックで、「これは何かの形にして残さなきゃ」と思いました。パリのホテルに泊まると、歩いて行ける距離に必ずああいう店があるんですよ。その感じにとても似ていたので、「パリにいるみたい!」と思って週に5日くらいは通っていました。今は幡ヶ谷に移転されて、メニューも変わらずホッとしています。ただ、歩いて行ける距離にあるのと、幡ヶ谷まで車で行くのとでは、やっぱり雰囲気が少し違うなぁ、と感じることがあるのも、正直な気持ちです。

―そのほかにも下北沢に実在する店や、すでに閉店してしまった店がたくさん登場しますが、どれもよしもとさんにとってなじみのある場所なのでしょうか?

よしもと 大体はそうですね。そうじゃない店も少しはあるかな。作品に登場させるときに、なるべく了承を得られるところにしました。

―実在する店のスタッフの方も登場されますが、みなさんが小説を読んだあとの反応はいかがでしたか?

よしもと 「私、出てたわねえ」って、サラッとしている人もいれば、喜んでくれる人もいましたね。

―作中に下北沢駅南口駅前にあったスターバックスコーヒーが登場しますが、同作が毎日新聞で連載されている間に、なくなってしまいましたね。

よしもと ねぇ。待ち合わせに重宝してたんだけどな、コーヒー片手に。そういう思い出も、もう作れなくなってしまいました。そういえば、老舗お好み焼き屋の「かどまえ」もなくなりましたね。昔からずっとあるから、もはや永久にあるものだと思っていたのに…。連載中にも下北沢の街はどんどん変わっていったから、やはり書いておいて良かったと思います。

―作品を書いている間、下北沢を歩きながら何か感じたことはありましたか?

よしもと チェーン店がずいぶん増えたなあと思いました。下北沢は、街全体の統一見解がないように思います。街の人それぞれに事情があるにせよ、「ここだけはこうしていこう」というような指針がないから、それぞれの利害で街全体がごちゃごちゃになってしまったのかな、と思います。

―下北沢は、その「なんでもありなごちゃごちゃ感」も魅力の一つだという人もいますが。

よしもと それなら、「ごちゃごちゃ感を残す」という統一見解を持てばいいと思います。例えば、都内ではパチンコ店を作らないなどのルールを住民で話し合って決めている街があったり、京都では高い建物を作らないという規制があったり…。そういう決まりを一つ、みんなで共有すれば、街全体にも何か統一感が出てくるのではないでしょうか。

■「もしもし下北沢」に見る街との関わり方

―「もしもし下北沢」の主人公「よっちゃん」と、その「お母さん」は、ひどく傷心のまま下北沢にやってきて、コツコツと生活をしながら心を癒やしていきますよね。元気を取り戻していく間に描かれる、食事の描写が印象的でした。

よしもと 食べないと生きていけませんからね。この2人(よっちゃんとお母さん)は、父親が知らない女性と心中してしまったことで、一度、人間が生きていくうえで大切なものを失っていますから。そのため全く食べないときもありますが、元気を取り戻していくにつれて、だんだん食べるようになっていくという、その対比が大事かなと思いました。

―この2人は、作中で下北沢のいろんな店を訪れますが、そこでの食事を通して下北沢と関わっていったようにも見えます。

よしもと いえ、店はたくさん登場しますが、物語の設定では、この2人は基本的に自炊なんですよ。軽く食べたり、仕事が終わって飲みに行ったりすることはあるけれど、意外と外食はあまりしていないんです。

―いろんな店で食事しながら、食を通して下北沢と関わりを深めている印象でした。

よしもと 店で食事するというより、「店にいる」ということ。つまり、2人はそこにいることで、街の人と関わっていくんです。街にいる人との思い出がないと、街への思い入れも深まりませんよね。そういう意味では、私は前住んでいたところではあまり思い出ができませんでした。家の目の前に大きな道路があって、異常に長い信号を渡らないとどこにも行けないようなところに住んでいて、もううんざりしていました。その街で、本当に仲良くなって今でもお付き合いがある友達は3組ぐらい。下北沢に来てからは、ずるるっとつながっていく人が多いですね。その分下北沢への思い入れも深いし、他の街にいたときより人との関わりも深いです。誰かが困っていたら助けたいと思いますから。もちろん仲良くなるまで3年くらい、それなりに時間はかかりますが…。

―街と関わることは、人と関わっていくということでしょうか

よしもと やはりその人たちの足元に「土地」があって、街ができるんですよね。人とのつながり方は、道路や駅の形でも変わってくると思います。下北沢のように、路地が狭ければ人と人の距離も近くなりますし。例えば、私には吉祥寺は広すぎるんです。駅のこちら側と向こう側が、歩いていくとかなり遠いじゃないですか。だから、あまり住もうと思いません。

―よしもとさんにとって、人と関わっていく上で下北沢はジャストサイズなんですね。

■変わりゆく街と向き合う

―よしもとさんも初めにおっしゃっていますが、下北沢経済新聞で街の取材をしていると、特に街の移り変わりのスピードをものすごく速く感じます。地方なら、建物が一つなくなるだけでも一大事件だと思うのですが、下北沢では日常的ですよね。

よしもと 「こんなに早くなくなるわけがないだろう!」と思うけれど、あっという間になくなって新しい建物が出来ていたりしますよね。私は小さいころに下北沢に来ていた思い出があるのですが、その面影もほぼなくなりつつあるなぁと思います。でも、自分が覚えていればいいや、という気持ちもありますね。そもそも、自分だっていつかは死ぬわけじゃないですか。けれど、「じゃあ明日私が死んだら、全部なかったことになるのかな」といえば、やはりなかったことにはならないんじゃないかと思います。そういう感じですね。

―街や建物が変わっていくときに感じる寂しい気持ちと決着をつけるのは、「覚えておこう」という向き合い方なのでしょうか。

よしもと 実際、「レ・リヤン」が下北沢からなくなった後も、通っていたときのことをきちんと覚えていますしね。「あの店に通っていた時期があって良かったなぁ、楽しかったなぁ。でも時間はたつし、街も変わっていくし」という気持ち。流れていくものなんだなって。

―下北沢はこれからもどんどん変わっていくと思うのですが、ご自身が生活している街が変わっていくことについて、何か心構えはありますか?

よしもと いや、ないですね。もし駅ビルなんてできたら、案外喜んで行くんだろうな(笑)。

―よしもとさんが駅ビルで勢いよく買い物をされていたらちょっとびっくりします。

よしもと あはは(笑)。一度行って、「でもやっぱりやだなあ」と思ったら、その後も下北沢に住むかどうか考えるでしょうね。良いところは残しておいてほしいんですけれどね。

―ありがとうございました。


「もしもし下北沢」特設サイト(よしもとばなな公式サイト)
http://www.yoshimotobanana.com/moshimoshi/

【プロフィール】
よしもとばななさん。1964年7月24日、東京都生まれ。A型。日本大学芸術学部文藝学科卒業。小説「キッチン」は1987(昭和62)年に第6回海燕新人文学賞を受賞するなど、その後の作品も数多くの賞を受賞している。諸作品は海外30数カ国で翻訳、出版されている。

(文責:小野田弥恵/下北沢経済新聞、写真:寺島由里佳(YURICAmera))

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