追い風が吹いてきた
──ナタリー、好調ですね?
大山 おかげさまで、ここ半年、なぜか急に認知されてきたと思います。
唐木 以前は企業の広報に電話しても「ナタ…え?すみません、一般の方からの問い合わせは、こちらではちょっと…」という感じで(苦笑)。
大山 「ロシアの女性の方ですか…?」みたいな(笑)。
──Perfumeがブレイクしていく過程を細かく伝える記事が多く、Perfumeを追いかけている印象も生まれたのでは?
唐木 この1年のイメージですね。それはありがたいです。ただ、Perfumeの記事って、実はそんなに多くないんですよ。
大山 ナタリーは無節操なほどジャンルを問わず、なるべく多くの記事を上げています。そうするとみなさん自分の好きなところを見ていますから、たとえばインディーズ系が好きな人はインディーズ系に強いサイト、ビジュアル系が好きな人はビジュアル系に強いサイトだと勝手に思ってくれます。おかげで好きなアーティストの情報を早く詳しく手に入れたい人が、ジャンルを問わず集まってきているようです。
唐木 Perfumeの人気が出てきたとき、社内では「それならどんどんフィーチャーしよう」という提案もあったのですが、結果的にそうしなくて正解だったと思います。
大山 独自のカラーを出すより、ウェブならではのフラットな視点を維持したい。そうやって、正攻法で毎日こつこつ記事を書いてきた結果、追い風が吹いてきたのかもしれません。
どこよりも早く詳しく
──ナタリーの人気の秘密はどこにあるんでしょう?
大山 特に個性を出しているつもりはないんですが、音楽やマンガが好きで、どこよりも早く詳しく伝えようと意地になっている書き手の熱みたいなものが透けて見えるのかもしれません。基本はファン目線ですね。その上でメジャー、インディーズにこだわらず、内容的に偏るつもりもなくやっていきたいと思っています。
唐木 コミックナタリーは、これまでニュースサイトで報道されなかったようなことも記事にしていますが、漫画専門ニュースというジャンルに先駆者がいないだけで、スタンダードなことをやっているつもり。実際、大きなネタも扱うし、奇をてらってもいません。
──権威的ではないからか、ナタリーのコメント欄は不思議と荒れませんね?
大山 変なコメントもありますよ(笑)。
唐木 まあ、サイトのキャッチが「ゆるふわ」(注1)な時点でもろもろあきらめてほしいというか…。
大山 こいつらになに言っても無駄だろ…と思われているんじゃないかな(笑)。
(注1)ナタリーのキャッチフレーズは「ゆるふわ愛され音楽ニュースサイト」。
編集部の(裏)事情
──記事の量もかなりありますね。スタッフは何人ですか?
大山 記事の件数は競合サイトの3倍くらいあります。できるだけ多くしたい。記者は社内に9人。外部ライターはいません。
唐木 記事は10分くらいで仕上がってしまうものもある。一方、岡村靖幸さんの公判のレポートみたいに、丸一日かけてじっくり取り組むものもあります。
──今日は小室哲哉さんの裁判(注2)がありますが、大阪にライターがいれば…。
大山 そうですね。ただ、僕らは司法記者クラブに入っていないので、傍聴するには並んで倍率の高い抽選を通らなければならない。「行って外れて、トボトボ帰るのはヤダなあ」と思って行ってません(笑)。
唐木 岡村さんのときは東京だから社員総出で並べました。でも、大阪まで社員全員の出張費を捻出(ねんしゅつ)できるわけもなく…。
大山 まあ、身の丈に合った感じでやっています(笑)。なぜ外部ライターがいないかと言えば、説明しづらいけど、ナタリーっぽい記事への取り組み方みたいなものがあり、それは一緒にやってないと身に付かないんじゃないかと思っているからです。
唐木 そこはすごく大事。このIT時代、ナタリーの作業自体はSOHOでだってできます。あえてオフィスなんて借りる必要はないかもしれない。それをわざわざやるのは、同じ釜の飯を食う、みたいなことで醸成される何かを大事にしたいからです。
──記事の作成で注意していることは?
大山 日本語として通じることかな(笑)。うちの記者は、ライター経験者がほとんどいません。ライブハウスでよく会う人とかを連れてきて、文章書く仕事を一から覚えてもらうケースが多くて。何というか大変ですよ。
唐木 テニヲハがなってないと注意すると「テニヲハってなんですか?」と返される(笑)。でも僕らが確信しているのは、そつなく書けるライターを雇うより、経験ゼロだけど熱くて面白い人に書くことを教えるほうが、時間はかかるけど結果的に面白くなる、ということです。
大山 それは間違いないね。かったるいけど(笑)。
唐木 かったるいと言うなら、毎日校了というのがかったるいなあ。僕は月刊誌にいたので、月イチで胃に穴開けるような校了があって、それが終わると解放感…というペースに慣れていました。でもウェブだと、胃に穴明くほどではない、だらだらした緊張感が毎日延々続く…「それ、ずっと続くから!」と大山に言われます。
大山 校了しても「いや~、お疲れ!」と解放される瞬間はない…(笑)。
唐木 それに、うちの会社早いですよ。全員10時出社。
大山 世の中的には普通だよ(笑)。
唐木 いや、編集部といえば、(テレビに)タモさんが登場するまでは閑散としているものだと思うけど?
大山 まあ、とにかく「いいとも」前には記事を掲載したいので、10時から動いている、と。
(注2)取材が行われた1月21日、大阪地裁で詐欺罪を問う初公判があった。
今後も新しいナタリーを
──コミックナタリーも始まり、順調に事業を拡大していますよね。
大山 新しいナタリーは今後も作りたいんです。
唐木 具体的には言えませんが、今後立ち上げたいホニャララナタリーの計画はいっぱいあります。というのも…実はナタリーのアクセス数は、音楽ニュースサイトとしてはかなり上位だったりするんです。
──確かに勢いを感じます。
唐木 なのに、びっくりするぐらい儲かってないんです!(笑)例えば、ある発明をもとに2、3人で起業して何億円を手に入れるとかいうベンチャーがあるじゃないですか。ニュースサイトはそういうスマートな仕事ではないですね。
大山 自分たちでせっせと記事を書き続けなければならない。
──確か昨年の7月から経営陣にも給料が出るようになったとか。
大山 出たときもあります…(笑)。
唐木 …広告収入を増やしたいね!というのはさておき、このアクセス数でこの現状ということは、この山を登りつづけて頂上にたどり着いたとしても、大したことはなさそうだぞ、と分かってしまった。コミックナタリーを始めたのは、音楽の山ひとつだけでなく、他の山も登り、つなげて連峰のようにしようということです。そうすれば、全然違う地平が見えてくるんじゃないかと。その点、好きなアーティストの登録とか、ナタリーの手法は汎用性があるし、ノウハウやシステムができているのも大きい。
大山 手を広げないほうが堅実なビジネスになったかもしれないけど、僕はそもそも音楽市場がニッチであると認識していて、ナタリーが大きなメディアに成長するイメージはないんです。だから、いろんなジャンルでナタリーの方法論を試したいし、新しい機能もどんどん開発したい。ただ、そうするとお金になるまで時間はもっとかかる。攻めている限り、この状態が続くのかなと。
──CGM(注3)的な機能を増やす予定はあるんですか?
大山 いえ、やっぱりニュースが軸です。以前、SNSをやっていましたが、あまり盛り上がらないからやめちゃいました。そのあたりはフットワーク軽くやっていきたいですね。最近、「金平糖」(注4)などの新しいサービスを始めたのは、ユーザーが遊べる仕組みくらいは用意したいということなんです。
唐木 結局、発信者でありたい。メディアと読者という古典的な関係を保持したまま、ネットでやっていきたい。
──サイト運営を継続する秘訣はなんでしょうか?
大山 うーん、かろうじて会社は3年、ナタリーは2年続いていますが、自分たちでもよくやっているなあと。泥臭く取材して、コツコツ記事を書く。効率が悪いのですが、よく言えば地に足がついている。
唐木 ホントにスマートさの欠片もない商売で。
大山 まあ、運もあると思います。「この日までに、この数字!」と、特に目標を立てなかったのも良かったのかな。
(注3)Consumer Generated Media。ユーザーが内容を生成していくメディア。
(注4)気になるニュースやイベント、商品、 ユーザーなどにマークを付ける機能。
シモキタ目線?
──下北沢という街は意識していますか?
大山 下北目線はナタリーのどこかに入っていると思います。レコード会社のひとにナタリーって下北っぽいよねと言われることもありますね。でも、何でだろう?SOHOにしたり、銀座にオフィスを構えたりしたら、アウトプットも全然違うものになったのかな。
唐木 青山や六本木だったら、出社するにもオシャレしなきゃとか、もっと今の時流にキャッチアップしなきゃという意識が生まれると思う。
大山 権威的になったり、流行を追いかけたり、そういう気持ちにはなりませんね、下北沢にいると(笑)。ユーザーはナタリーが下北沢で運営されていることは意識してないと思いますが、他のちゃんとした企業さんがやっているサイトとは違う雰囲気が出ちゃっているのかも。
──そこは変えていきたいですか?
唐木 意識的に変えようとするとこじらせると思うので…あきらめるしかないんじゃないかと…(笑)。
大山 ひとつ言えるのは、下北沢で出版社をつくり、版元として発信していくのはなかなか難しいが、ウェブというツールを手に入れたことで、コストをかけず、何の後ろ盾もない僕らみたいな人間でもメディアをつくれたし、下北沢から世界に発信できているということ。それにライブハウスもインディーズレーベルも古書店もあるので、僕らみたいなポジションでポップカルチャーに携わる人間には住みやすいし、動きやすい街ですね。
唐木 僕らがやっているのは、大資本が絡まない、いわば子どものビジネス。それでもメディアとしてある程度の存在感を示せることが分かったし、下北沢はそういうことをやってきた先輩たちがいる街だと思います。
(文責:西野基久/下北沢経済新聞)